e-learningも

よろがぢである。

コロナ禍でいろんな教育現場で聞かれるようになった
e-learning であるがその実体は様々。

zoomのような会議ソフトを使って
授業やディスカッションの疑似体験的なものだったり
はたまた、先生の取ったYou Tube 自分で観て
感想文書かせるようなものだったり

もっと進んだところでは
なんとアニメを使った授業を中心に
時折生徒の理解度を把握するために
質問を投げかけ、生徒の回答を分析し
次の授業内容を変えていくような
高度なシステムもあったりして

そこまで行くともう
生きた先生の出番ってあるのか?

と思えてくる。

さらに、このハイテクe-learningでは
練習問題を自動添削&生徒の理解に応じて
次の問題を用意するというオンデマンドぶりで
もう、先生家でなにしたらいいんか
わかんない~。

しかし、昔むかしの勉強って
今ほど「教わって」たかなあ?

とふと思う。

 もちろん、お武家のご子息向けの学習塾的ものとか
庶民に「読み書きそろばん」を教えた寺子屋は
存在していたものの

それでも、こんなに毎日学校行って
1日何時間も勉強を「教えてもらう」
環境ではなかったはず。

二宮金次郎じゃないが
自分でせっせと書物を読んで
自分で学んでいたのがかつての勉強だったのではないか?

そして、それができる人だけが
勉強の資格を有していたのだが

「教育の機会は平等にあたえられるべし」の現代では、
二宮君の「自主学習能力」がAIにとってかわられた
それだけのことではないか?

と考えると

職業としての「先生」というものが存在していたのは
案外短い期間だったのね~

と、未来の人々が振り返る日も
そう遠くはないのかもしれないな。



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